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美しい楷書の代表作「孔子廟堂碑」

 
中国の古典作品には多種多様なものがあります。その中でも、「孔子廟堂碑」は書道をする人が必ず学ぶといっていい楷書作品です。
 
「孔子廟堂碑(こうしびょうどうのひ)」とは
 
「孔子廟堂碑」は、唐の第2代皇帝・太宗(たいそう/李世民)が長安にあった国営の教育機関・国子監の中に孔子廟を改築した際、その完成記念として建立された碑です。文章を撰んで揮毫したのは、太宗の勅命を受けた書家・虞世南です。
 
この碑が建てられたのは629年ごろとされていますが、実はそれから間もなく原石は火災にあい、則天武后の時代(在位:690~705年)に重刻されましたが、これもまた唐代末期ごろに失われてしまいました。
 
失われる前に取られた拓本は限られており、現存するのはわずか1本。現在多く伝わっているものは、宋代の王彦超 (おうげんちょう)が翻刻した陝西 (せんせい) 本と、元代至元年間に出土したとされる城武本の2つです。
 
作者・虞世南
 
虞世南(558~638年)は、余姚(現在の浙江余姚)の人で、隋・唐代の官僚、書家です。隋代には、兄の虞世基(ぐせいき)は第2代皇帝・煬帝(ようだい/楊広)に取り立てられたものの、虞世南自身は長らく停滞していました。しかし唐代になると太宗に重用され、弘文館学士・秘書監などに任ぜられました。太宗は「徳行、忠直、博学、文詞、書翰」の5つを虞世南の「五絶(すぐれたところ)」として挙げ、彼を称えました。
 
書家としては王羲之の子孫の智永に師事して書聖と名高い王羲之の書法を学び、特に楷書に優れました。同時代の欧陽詢(おうようじゅん)・褚遂良(ちょすいりょう)と並んで初唐の三大家と称されています(中唐の顔真卿(がんしんけい)を加えて唐の四大家ともいう)。
 
「孔子廟堂碑」の特徴を知る
 
「孔子廟堂碑」は、あたたかみのあるおだやかな書風で、起筆と収筆は目立たずひかえめ、縦画は向かい合う線がやや外側にふくらんだ「向勢」です。また、転折(角)も丸みを帯びていて、全体的にやわらかな印象を与える書風です。
 
これに対して、「孔子廟堂碑」と並んで特に理想的な楷書と評される欧陽詢の「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」を見ると、起筆は筆先の尖りを出して反り返ったような横画で、向かい合う線が内側に反った「背勢」というきりっと引き締まった書風です。
 
このように同じ楷書といっても、古典作品をそれぞれじっくり観察すると趣が異なることがわかるはずです。臨書をする際には、まずは作品の字形をよく見て、特徴をとらえてみましょう。
 
孔子廟堂碑(部分)
※孔子廟堂碑(部分)

 
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